話題の映画に寄せて
現在公開中の相棒、鑑識・米沢守の事件簿を鑑賞してきた。マラソンを捜査する過程において、米沢守(六角精児)が離婚した妻らしき人物を見つけることから話しは始まる。
本来職権を乱用した違法捜査であるが、たどり着いた女性は同姓同名面相も類似していた(同一人物を配役していたわけだが)。そしてその女性は変死する。そして、本来?の別れた夫である。相原誠(萩原聖人)が登場し、激情のままに行動し、米沢を巻き込み、騒がせ、引きずって捜査をつづけていく。
天下りのポストにセクハラでキャリアを棒に振った一癖ありすぎの、警察下部組織の理事長(伊武雅刀)とその部下でありながら、その悪行を内部告発するいささか不可思議な動きをする天野達之(市川染五郎)、組織の論理、保身のために悉く米沢たちの行動は妨害を受ける。
そして、最後に明かされる思いがけない犯人。
端々に現れるエスプリの効いた脚本に内心大いに感じ、喜び、ほろ苦い思いをした。
どのような喜怒哀楽も共有する対象ありてこそ、その深みは増す。それが今管理人の身近にはなく、逆に常に己のポジティブの目を摘み、妨害し、迫害し、侮辱するだけの存在に四六時中悩まされる。そしてそれは善意の衣を押し付けてくる狡猾さを兼ね備えている。現実の時間の大半は、そのような対象への激しい憎悪を抑圧することを余儀なくされる。
組織の論理の中では、弱者のたわごとは蹴散らされるのみ。映画にもそういった場面はあり、つい己のことを連想した。。。
ついで、米沢の別れた妻は追憶の場面のみに登場する。仕事に専念する余り夫婦の心がすれ違い、妻が離れていった。月並みな描き方とはいえるものの、男女のありがちな考え方の相違に考えさせられる。
夫は妻への虚栄心を、仕事での成功に掛け、それが自分なりの愛情表現であり、妻もそれを喜ぶはずと信じて疑わない。しかし、妻はそれを望んでいたわけではなかった。みたいな。。。
しかし、男の端くれである管理人は、男性側からの視点であることは承知の上で敢えて考えてみると。妻自身も、夫の成功を望まないわけではないだろう、そして、それに専念することで自分が有る意味置き去りにされる、苦労する、そのこと事態をまったく受け入れないとは、願望を込めて思わないと願いたい。
ただ、人間の感情は負荷を掛け続ければ爆発するのが当然。相手の成功のために自分が我慢し続けているという事態はいずれ破綻するのだろう。その芽を未然に摘み取れるのは、相手からの感謝を感じること、自分の行為が相手にとって不可欠なのだと、感じられることにあるような気がする。
本来職権を乱用した違法捜査であるが、たどり着いた女性は同姓同名面相も類似していた(同一人物を配役していたわけだが)。そしてその女性は変死する。そして、本来?の別れた夫である。相原誠(萩原聖人)が登場し、激情のままに行動し、米沢を巻き込み、騒がせ、引きずって捜査をつづけていく。
天下りのポストにセクハラでキャリアを棒に振った一癖ありすぎの、警察下部組織の理事長(伊武雅刀)とその部下でありながら、その悪行を内部告発するいささか不可思議な動きをする天野達之(市川染五郎)、組織の論理、保身のために悉く米沢たちの行動は妨害を受ける。
そして、最後に明かされる思いがけない犯人。
端々に現れるエスプリの効いた脚本に内心大いに感じ、喜び、ほろ苦い思いをした。
どのような喜怒哀楽も共有する対象ありてこそ、その深みは増す。それが今管理人の身近にはなく、逆に常に己のポジティブの目を摘み、妨害し、迫害し、侮辱するだけの存在に四六時中悩まされる。そしてそれは善意の衣を押し付けてくる狡猾さを兼ね備えている。現実の時間の大半は、そのような対象への激しい憎悪を抑圧することを余儀なくされる。
組織の論理の中では、弱者のたわごとは蹴散らされるのみ。映画にもそういった場面はあり、つい己のことを連想した。。。
ついで、米沢の別れた妻は追憶の場面のみに登場する。仕事に専念する余り夫婦の心がすれ違い、妻が離れていった。月並みな描き方とはいえるものの、男女のありがちな考え方の相違に考えさせられる。
夫は妻への虚栄心を、仕事での成功に掛け、それが自分なりの愛情表現であり、妻もそれを喜ぶはずと信じて疑わない。しかし、妻はそれを望んでいたわけではなかった。みたいな。。。
しかし、男の端くれである管理人は、男性側からの視点であることは承知の上で敢えて考えてみると。妻自身も、夫の成功を望まないわけではないだろう、そして、それに専念することで自分が有る意味置き去りにされる、苦労する、そのこと事態をまったく受け入れないとは、願望を込めて思わないと願いたい。
ただ、人間の感情は負荷を掛け続ければ爆発するのが当然。相手の成功のために自分が我慢し続けているという事態はいずれ破綻するのだろう。その芽を未然に摘み取れるのは、相手からの感謝を感じること、自分の行為が相手にとって不可欠なのだと、感じられることにあるような気がする。
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